街角で誰でも気軽に演奏できるストリートピアノがここ数年広がりを見せています。その演奏はYoutubeなどでも大人気となっており、街の風景の中で素敵なピアノの調べを聴くことも増えてきました。
そんな中、2022年4月10日には名古屋市内の3ヶ所に新しくストリートピアノが誕生しました。一度に3台ものストリートピアノが設置されるとあってメディア等の注目を集め、早速多くの方が演奏に訪れています。
今回は、ストリートピアノ設置についての狙いや裏側での苦労話などの秘話を、企画担当者である名古屋市観光文化交流局 文化歴史まちづくり部 文化芸術推進課 の徳永智明課長と稲葉繁樹主事にインタビュー。後編では、ストリートピアノに施されたデザインの意味、そして今後の展望についてについてもお話をお伺いしております。
[前編はこちら]
(聞き手:作家・ライター・名古屋めし料理家 Swind)
―― JRゲートタワーのストリートピアノには名古屋芸術大学の長谷川喜久教授と日本画コースの講師・学生達による描画が施されております。普通にピアノを設置するだけではなくこうしたデザインを施そうと考えた理由や制作の経緯についてお聴かせ下さい。
徳永課長(以下、徳永) こちらもピアノを寄贈頂いた名古屋ウィーン・クラブさんからのつながりでご協力を頂きました。「描いてください」というお願いではうまく行かないんですよね。寄贈者である名古屋ウィーンクラブさん、描画でご協力頂いた名古屋芸術大学さん、また調律でご協力頂いている中部楽器技術専門学校さん、皆さんネットワークがある中で協力しましょうというお話を頂く事ができました。私としてはすごくありがたいと思っております。
ストリートピアノはYoutubeやSNSで拡散されることも多いため、ピアノにデザインを施すことでそうしたSNSの中での面白さをさらに増すことができますし、アートの力をより高めることが出来る。単にピアノを置いておくのではなく、アートの領域もかかわっていくことがストリートピアノの取り組みの幅の広さであり面白さになっていく、それがまたSNSを通じて盛り上がるのではと思っています。ピアノを弾く・聴くだけじゃない面白さですね。
文化芸術には色んなジャンルがあって、その中でも劇場やホールで舞台公演を見るみたいなことが多いと思うのですが、ストリートピアノにはそれとはまた違う魅力や楽しさがあり、それが今の人たちの心を捉えて一つのジャンルとなっているのではないかと思っています。
―― そういえば昨年市民会館などでピアノの演奏が出来ると言うイベントも開催されていたのを思い出しました。
徳永 スタインウェイなどなかなか弾く機会がないピアノを弾いてみませんかというイベントですね。すごく人気があって、たくさんの方に演奏していただきました。そうした気軽に触れる機会が増えていくのは大切だと思っています。
―― 貴重なピアノもデザインを施されたストリートピアノも、どちらも特別感がすごいですよね。
徳永 「私なんかそんな……」と思っている人でも気軽に弾いてもらえる場を増やしたいんですよね。文化芸術はどうしても敷居が高いイメージがあるのですが、その敷居をいかに低くして身近に気軽に文化芸術に触れてもらうかが大事だと思います。そうでないと、なかなか広まらないですよね。文化芸術には本当に力があるので、多くの方にそれを感じて欲しいと思います。
観るでも良いですし弾くでもいいですし、形は何でもいいんです。文化芸術というのはみんなが享受できるものであるはずなのですが、現実としてそうなっていない部分もある。だからこそ誰もが文化芸術を気軽に親しめる機会を作る。これは名古屋市としての文化政策においても重要視している部分です。
―― 音楽とまちづくり以外の部分も含め、今後「芸術とまちづくり」といった部分で現在進行中の取り組みであったり、やってみたいと考えている構想がありましたらぜひお聴かせください。
徳永 この4月から組織名が変わり、これまでの「文化振興室」が「文化芸術推進課」となりました。これは、文化芸術をまちづくりをはじめいろんな取り組み生かしていくというのをどんどん進めていくという市の考え方が反映されています。文化芸術をまちづくりや観光、教育、福祉などいろんな面で生かしていこうという名古屋市の新しい文化政策を具体的に実現していく部署となり、一つの転換点を迎えました。その第一弾がストリートピアノであり、今後もこれまでにないような取り組みも出していきたいと考えています。
―― これからご期待下さいということですね。
徳永 そうですね。ただ、市役所が何かやるというのとは若干ニュアンスが違うかも知れません。市役所はアーティストでも演者でもないので、実際の担い手となる皆さんが活性化することがないとダメだと思っています。
一方で、実際に活動に携わる方々はコロナ禍もあって本当にご苦労されており厳しいという声も聴いております。そういう方々がちゃんと活発化しないと、いくら市役所が文化芸術を活用しましょうといっても出来る訳ありません。
そう言う意味ではストリートピアノはすごく典型的な例になるのではと思います。行政がなにかやるという形では文化芸術は成り立たないので、実際の担い手であるアーティストやアーティストを支える人たちがちゃんと光る環境を行政が作っていくというのを推し進めていきたいと考えています。
―― 名古屋市には今回の三ヶ所以外でも中部電力ミライタワーや星が丘テラスにもストリートピアノが設置されており、これからますます広がっていくのかなと感じています。
徳永 市が主体となっているもの、民間が主体となっているものと様々にストリートピアノが設置されていますが、名古屋市としてはこれらをトータルで支えていき、みんなで盛り上げていきましょうと進めております。いろんな人たちが関わって全体として面的に盛り上がっていく、そういう形を目指したいと考えております。
―― ストリートピアノ以外でも、最近ではストリートパフォーマンスも盛り上がってきています。この辺りについても今後何か期待できる動きはありますでしょうか?
徳永 名古屋市では7年前から「ポップアップアーティスト」というライセンスを得た人が公共的な場所でパフォーマンスできるという取り組みをしていたのですが、コロナ禍もあって2年ほど止まっておりました。もう無くなってしまったと思われている向きもありますが、こちらも再開に向けた取り組みを進めています。2年止まってしまっていたので、まずはここを戻すところからのスタートですね。
今回のストリートピアノは3ヶ所同時に立ち上げることで注目を集めるという部分はありました。担当としては大変でしたが(笑)
―― これが盛り上がっていくと4箇所目、5箇所目と繋がっていくかもしれませんね。
徳永 実際に取り組みを進めてみて、本当に各所のご協力がないとできないなと痛感しています。特に場所の課題が大きいですね。ピアノがあったとしてもピアノをちゃんと設置できる場所のご協力があってこそ成り立つ取り組みだと感じています。それをこちらから「やりませんか、どうですか」と言う形では取り組みとして違ってきてしまうかなと。せっかくの良い取り組みなのでみんながwin-winとなれるようにしていきたいです。
もちろん「うちにも置きたい、やらせてほしい」というお声はどんどんウェルカムです。名古屋市としても街の中に音楽が気軽に触れられる場所が増えていくというのは大変ありがたいことです。
―― それでは最後に、音楽や文化芸術が大好きな全ての皆様へメッセージをお願いいたします。
徳永 音楽やアート、芝居など文化芸術にもジャンルが色々ありますが、文化芸術をみんなで守り、みんなで大事にして、それをみんなで発信していく。そして名古屋で文化芸術で盛り上がりましょうという思いを共有をさせていただけるとありがたいです。
文化芸術はややもするとか「好きな人の趣味の世界」だと思われがちなんですよね。でも決してそうではないんです。最初にも話しましたが、文化芸術には人の心に潤いや癒やし、安らぎ、感動をもたらす力があるんです。
不要不急という言葉が盛んに使われたりもしましたが、文化芸術は決して「不要不急」ではなく生きていくために不可欠なものです。だからこそ、文化芸術にはそういった力があるということを共有し、それぞれの立場でそれを支え、そして生かしていければと思っています。
今回のストリートピアノは名古屋市の事業として予算化していない取り組みです。しかし、名古屋市を含め様々な立場の方が知恵や力を持ち寄り、協力し合って実現している取り組みでもあります。そう言う面では、ある意味で象徴的な取り組みでもあるんです。
―― 名古屋市も文化芸術を担う参加メンバーの一人として関わっているという形ですね。
徳永 ストリートピアノの取り組みは本当に難しくて、行政の予算がついた事業というわけでもなく、実行委員会があってそのメンバーとして参加しているわけでもないんです。とは言っても関係者の方々からご協力頂けるところをまとめて実現できたという取り組みであります。そうした関係者の皆様と一緒に、この時期にこういう取り組みを一緒に携えてやりましょうというそういう思いが結実したものだと感じます。
お金をかけないということを含めて様々な課題がありましたし、課題が一つでもクリアできなければ実現しなかった取り組みでもあります。 それでもこれが実現できたというのはまさにそういう部分の思いが集まって乗り越えることができたんだなと思っています。
稲葉主事(以下、稲葉) 私は昨年からこの取り組みにに関わっていますが、最初は簡単に出来るだろうという気持ちでいました。しかし、いざ話を進めていくと動線の確保であったり、避難経路の部分であったり、可燃物扱いになることの問題だったりと課題が出てきました。そうした課題をどうしたらクリアできるのかを、設置箇所の管理をされている皆様にご検討を頂き、折り合いをつけながら「これならできるだろう、できるぞ」という部分を見つけていきました。一時は本当に「できるのかしら?」と頓挫しかける一歩手前まで行ったのですが、皆さんと一緒に「どうやったら成立するか?」というのをそれぞれが持ち寄っていって実現することが出来ました。
SNS上でもすごく話題になっていますし、弾いてくださる方がいるからこそ施設の方がメリットがあるなと思って設置のご協力を頂けている部分もあります。
そう言う意味では、弾いて頂く方も聞いて頂く方もこの取り組みの重要なプレイヤーだと思っていますし、そういう方々の思いやご協力を受けた中で成り立っている、まさに文化芸術の力だなと思っています。
―― 自分が演奏出来ればと思ってしまいますね(笑) 本日は長時間にわたるインタビューありがとうございました。
関係者の方の協力を得ながら、様々な苦労を乗り越えて設置された3ヶ所のストリートピアノ。インタビューを通じて特に印象に残ったのは「演奏する方」も「演奏を聴く方」もこの取り組みのメンバーであるという言葉でした。
JRゲートタワーに設置されたストリートピアノでは、毎週金曜日限定で午後8時まで「夜間利用」が出来るようになりました。ピアノが弾ける方はもちろん、ピアノが弾けない方もぜひ足を運んで演奏を肌で感じて楽しんで頂ければと思います。
ストリートピアノについての詳細や利用時の注意事項については名古屋市のWebサイトをご確認下さい。
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