名古屋めしに限らず日本の食に欠かせない調味料といえば「醤油」。そんな醤油の日本一を決める「全国醤油品評会」が昨年10月に開催され、なんと名古屋市で作られた「白しょうゆ」がトップの賞である農林水産大臣賞を受賞しました。
ナゴヤビトでは名古屋人に親しまれてきた白しょうゆ造りを受け継ぐ「太田屋(菱太産業株式会社)」の八代目・太田恭平さんへロングインタビューを実施。中編では、白しょうゆの成り立ちから白しょうゆと名古屋の食文化との深い関わりについてさらに詳しくお話をお伺いしました。 (聞き手: Swind/作家・ライター・名古屋めし料理家)
≪前編はこちら≫
――ここまでお伺いしてすごく基本に立ち返るご質問なのですが、そもそも白しょうゆはいつごろどのように生まれたのでしょうか?
碧南発祥と名古屋発祥と二つの説があると聞いています。碧南発祥説は、現在のヤマシンさんが最初かなということを言われてるみたいですね。ヤマシンさんを含め、あの地域で作られたていたものは味噌にしてもお酒にしても醤油にしても、海運で東京や大阪に持っていくものがメインだったそうです。
いずれにしても幕末頃には碧南で白しょうゆというものがあった。アメリカの総領事ハリスに出された料理に白しょうゆが使われていたと昔の記録が残っており、それはヤマシンから出た白しょうゆだというようなことを聞いたことがあります。
一方、もう一つの名古屋説というのは江崎家をルーツとするもの。熱田の東にあった山崎村(現在の名古屋市南区呼続町付近)というところに江崎家というお醤油屋さんがあり、天保年間頃に江崎家の本家で白しょうゆづくりを始められたという話が残っています。
そちらの話によると、江崎家の縁のある方が仏門に入り長崎など西の方へ行くことになったそうなんですが、その方が実家に戻ってきたときに「西の方ではこうやって醤油を作っているんだよ」という話をされて、それをヒントに作られたのが白しょうゆだったと言われています。
―― 発祥そのものに二つの説があるんですね。
ただ江崎家は廃業されていますので「うちが発祥だと」言う人が名古屋にいなくなってしまいました。そんな中で太田屋が「名古屋が発祥だよ」というのもなんか変だなと思って、まあいいんじゃないかなと思っています。名古屋発祥かどうかより、名古屋の地域で消費され、文化として根付いてるよと言う事の方が大事かなと。
―― 確かにそうですね。
今までは「白つゆ」で使って頂いているうどん屋さんなどでそこそこ出ているからいいかなという風に思っていました。しかし、最近は大手チェーンの台頭もあってどんどん町のうどん屋さん自体が減ってるいます。そうするとだんだんその白醤油も名古屋での食文化としての立ち位置の中でだんだん危うくなるというか、消えていくような感じになるのかなと危惧しています。
なので今回賞を取ることができましたが、うちのスタンスとしては「売りたい」というよりも、名古屋に白しょうゆっていう食文化があって、白しょうゆを作ってる会社が今もちゃんと名古屋にあるんだよということを発信できればと活動しています。
―― 白しょうゆは醤油の中では比較的新しいものとのことですが、豆味噌とたまりが強い名古屋で、それらとは真逆とも言える白しょうゆが生まれたのはかなり不思議なようにも感じます。その誕生にはどういった経緯があるのでしょうか。
私が勝手に思ってるのは「薄口醤油を真似して作ろうと思ったら通り過ぎて行った」説です。江崎家の方で「西のほうでは小麦を使って醤油を作ってたよ」っていうのを本当に小麦だけでやっちゃったみたいな(笑)。どうやって作ったらいいかなと試行錯誤するうちに、発酵期間も短いみたいだしせっかくならもっともっと色を薄くしてみたらどうだろうとやっていたら「これはこれで面白い」みたいな感じの白しょうゆが出来てきたのかなと思っています。
実は豆味噌とたまりというのは「豆味噌を絞ったらたまりが出てくる」というぐらい同じようなものなんですね。この辺りのたまり屋さんは味噌もたまりも一緒に作るので「味噌たまり屋」と呼ばれていました。同じ材料で同じような製法で作られる豆味噌とたまりですので、味のベースもやっぱり一緒になります。そうすると、まあ、飽きてきたんじゃないかなと(笑)
そこに全く逆方向の味わいの白しょうゆが現れたということで、まあ今で言うバズったというようなことがあったようです。
―― なるほど、それは確かに納得いきますね!
まずはお料理屋さんで、ちょっと気取った料理なんかで使われていたようです。名古屋は茶道が盛んな地域で武家だけではなく商人たちも茶を嗜んでいました。茶事の際には懐石料理もつきものですが、懐石だといわゆる京風というか「素材の味を楽しむような食べ方をしよう」となるんですよね。なので、そうした料理ではいつもの豆味噌やたまりではなく、白しょうゆの出番になったようです。
名古屋には松尾流という茶道の流派があるのですが、そうした家元が名古屋にいるってことすらもう最近はあんまり知られていなかもしれませんね。
―― 名古屋ライターの大竹敏之さんが、喫茶店文化と茶の湯の文化の結びつきについて折に触れてお話されていますね。茶の湯の文化が庶民にも広まり、喫茶店で一服するという文化につながっていったと。
松尾流っていうのはお侍さんの文化ではなく町人の文化なんです。そして名古屋の食文化を含めた様々な文化もやはり町人が作ってきた部分が大きく、その中に茶の湯の文化というのもセットだったのかなと。ちょっと旦那衆みたいな、町人の中でも少し気取った人たちの文化の中に白しょうゆというのが組み込まれていったのかなと思います。
喫茶店文化いえば、以前に組合の方が「白しょうゆっていうのはモーニングだからね!」と言っていたんです。不思議に思って何でなの?って聞いたら「名古屋のモーニングって茶碗蒸しついてるでしょ」って。
―― ほほー!
喫茶店で茶碗蒸しを出すのは、昔は玉子が高級品だったので茶碗蒸しにすれば出汁に玉子を溶かす分、玉子が少なくて済む、つまり割安にできるみたいなことを言っていました。そして、茶碗蒸しには白しょうゆを使うので、白しょうゆはモーニングだと(笑)
―― なるほど、そうしたらもう茶碗むしは名古屋めしと言えちゃいますね(笑)
そうなりますね。しかも高級感も出せます(笑)
―― そういえば、白しょうゆから生まれた「白だし」も、茶碗蒸しを作りやすくするために生まれたという話を聞いたことがあります。
白だしの登場で白しょうゆの消費がすごく伸びたのは確かです。今では白しょうゆよりも白だしの方が知名度が高いかもしれません。
うちも以前に一度白だしを作ろうと設備揃えたことがあるんですが、私の父が「これでは勝てん」と断念したことがありました。もし出していればそこそこ売れたのかもしれないのですが……。
―― やっぱり納得できないものは出せないんですね。
「足りないものが分からん」っていうのがね。なんかねピースがはまらなかったみたいです。
―― 豆味噌やたまりという「濃い味」文化圏の中で、茶の湯の文化とも結び付きながらたまには上品に素材の味を楽しんでという形で名古屋で広まっていったんですね。
白しょうゆをメインで使っているのは料亭とかうどん屋にはなるんですが、名古屋の食卓でも「季節のものを食べる」という時に時々使われてるという感じですね。お祝いごとなどを含め上品な料理、晴れのものの時に白しょうゆの出番となります。
うちも大昔は白しょうゆを常備してなくて、祖父の頃などは「これは白しょうゆでたべたいから買ってきて」と酒屋さんに量り売りのものを買っていたと聞いています。
―― 今はどういったところで白しょうゆがよく使われているのでしょうか?
基本的には地元のうどん屋さんの消費が多いなという感じですね。小売では取引先の関係で関東・関西で結構売れています。秋から冬の出荷が多く、やはり鍋やつゆ物で登場することが多いようですね。
白だしが知られるようになった平成二桁台ぐらいの時に、一時期白しょうゆブームというのがあったんですが、その時に比べるとだいぶ量が減ってきてしまってはいます。
一方で、最近ではラーメン業界が白しょうゆに注目しているようです。昔は調味料に対するアンテナ張っていたのはうどん屋さんだったのですが、今はやっぱラーメン業界がビンビンに立てていますね。最近はツイッターなどでも白しょうゆラーメンをたくさん見るようになりました。
―― 確かに最近多いですね。蕎麦が高級化していったような流れと同じような形で淡麗で純度の高い醤油ラーメンと言う流れがここ数年みられるので、もしかするとそういう中で白しょうゆが注目されるのかもしれませんね。
なるほど。塩ラーメンでいいんじゃないかなと自分の中で思ってました(笑)
ただ、やっぱりそういうところで認められると、名古屋で料亭やうどん屋さんから白しょうゆが家庭へ普及して行ったように、ラーメンから家庭の方に普及していくのかなというところで期待しています。だしとの組み合わせとか、どういう風に白しょうゆを使ってくれるのかというのは気になりますよね。ラーメン業界のSNSの投稿もよく読みます。うちの白しょうゆに対するコメントで「ちょっとアルコールが強いんだよね」とか見ると、ああ確かに結構入れたりするなぁと。
―― そういえば白しょうゆにはアルコールが入っていますが、あれは何か理由があるんのでしょうか?
一般的な濃口醤油の場合には「火入れ」という工程で加熱殺菌し酵母の働きを止めるのですが、白しょうゆの場合にはこの「火入れ」を行いません。さらに白しょうゆは糖分が高いため、そのまま放っておくとどんどん酵母が沸いてしまうんですね。うっかりすると栓を抜いた瞬間に栓が吹っ飛んでスポーン!シュワー!ってなってしまうこともあります。
それでは一般流通に乗せられないため、アルコールの力で酵母の働きを抑えています。
―― なるほど、そういう理由があったんですね!
お話はまだまだ続きます。白醤油の現在地から未来に向けたお話は後編をぜひご覧下さい。
≪後編へ続く≫(7/13公開)
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