滋賀・呼吸器事件を再審無罪に導いたノンフィクション『冤罪をほどく〝供述弱者〟とは誰か』秦 融さん【ナゴヤビトブックス #20】

ナゴヤに縁のある様々なジャンルの書籍を著者へのインタビューを通じてご紹介する「ナゴヤビトブックス」。第20回は、今年7月「第 44 回 講談社 本田靖春ノンフィクション賞」を受賞した、秦 融さんの著書『冤罪をほどく 〝供述弱者〟とは誰か』(風媒社)をご紹介します。

ーー秦 融さんのご経歴を教えてください。

著者の秦 融さん

1984年に中日新聞社に入社しました。

大学時代に体育会のアメフト部で副主将をやっていた経験を買われてスポーツ取材が中心の中日スポーツ総局報道部に配属され、二年目に中日ドラゴンズの担当(ドラ番記者)になりました。

 

ドラ番時代は、ちょうど星野仙一監督の第一期(1987年~91年)にあたり、春、秋のキャンプからペナントレースの全試合をチームに張り付いて取材しました。また、シーズンオフには毎年、外国人選手の獲得のため渡米する星野監督に同行し、密着取材しました。

 

当時のチームには、ロッテから移籍してきた三冠王の落合博満選手(元中日監督)や新人王の立浪和義選手(現中日監督)らがいました。全国区のチームになり、取材も激戦になりました。

ドラ番記者として、星野監督に密着同行されていたとは!中日といえば、落合博満選手、立浪和義選手なので、その激戦の中奮闘されていたとは、すごいです!
しゃちほこいざる
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いえ、まだ下っ端で取材もできない、記事もかけない使いっ走りでした。星野さんに怒鳴られ、落合さんには相手にされず、そんなダメ記者でした。
その後、編集局社会部に異動し、サツ回り(警察取材)や名古屋市役所、愛知県庁を担当しました。

2002年に、中東のカイロ(エジプト)特派員になり、イラク戦争(2003年)で戦場になったバグダッドを取材したり、パレスチナ紛争を現地で取材しました。
大変な現場をご経験されてきたのですね。
しゃちほこいざる
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社会部のデスク、その後の編集委員時代には連載を担当するデスクとして、さまざまなテーマを手がけました。

食料自給率が低下する一方の日本の農業の行く末を案じたシリーズ「農は国の本なり」は2009年の農業ジャーナリスト賞を受賞しました。介護をめぐる事件を追ったシリーズ「介護社会」は、「介(たす)け合い戦記-介護社会の現実」(中日新聞社刊)として書籍化されています。

 

今回の本「冤罪をほどく」のもとになったのは、滋賀県の病院で起きた殺人事件が冤罪(えんざい)だったことを突き止めた調査報道「西山美香さんの手紙」というシリーズで、2019年の早稲田ジャーナリズム大賞(草の根民主主義部門)、2020年の日本医学ジャーナリスト協会賞の大賞を受賞しました。

この他にも、日本列島に大災害をもたらすとされる南海トラフ地震の発生確率が決まるまでの問題を告発した「南海トラフ確率80%の内幕」は、2020年に科学ジャーナリスト賞を受賞しています。

2021年12月に退社し、ノンフィクションライターとして新たにスタートしました。

名古屋中学生5000万円恐喝事件の取材記事が本執筆のきっかけ

――本の執筆を手がけられるようになったきっかけは何だったのでしょうか?

社会部のデスク時代に中学生五千万円恐喝事件(2000年)の取材チームを指揮した際、紙面に載った記事が地元の出版社「風媒社」の編集者の目に留まり、書籍化を打診されたのが、本の執筆を手がけるきっかけになりました。

 この時、掲載記事を中心に一部を書き下ろしでまとめた「ぼくは〝奴隷〟じゃないー中学生【5000万円恐喝事件】の闇」(風媒社刊)が、自分で手がけた初めての本になりました。
2000年4月に発覚した「名古屋中学生5000万円恐喝事件」ですね。私自身も、この被害者・加害者と同じくらいの年齢なので、この事件を知った時はかなりの衝撃をうけました。
しゃちほこいざる
しゃちほこいざる

”供述弱者”を知る。滋賀・呼吸器事件を再審無罪に導くまでを描く

――――『冤罪をほどく 〝供述弱者〟とは誰か』はどのような内容でしょうか?

2003年5月に滋賀県の病院で起きた殺人事件が冤罪(えんざい)だったことを突き止め、再審無罪に導くまでの取材班の歩みを描いたノンフィクションです。
あの有名な「滋賀・呼吸器事件」ですね。
医療現場で勤務していた者として、この事件の動向をずっと見守っていましたが、”供述弱者”という立場の人がいるのだということを、知りました。
しゃちほこいざる
しゃちほこいざる
殺人罪に問われ、服役していた元看護助手の西山美香さんは、両親に「私は殺していません」という手紙を送り続けていました。その事実をつかんだ大津支局の記者から相談を受けた本社の編集委員の私が、調査報道の取材班を立ち上げ、本格的な調査に着手したのです。

本には、この時の記者と私のやりとりが詳細に明かされています。

取材班は精神科医とも連携し、獄中にいた西山さんの精神鑑定を実現させます。その結果、西山さんに軽度の知的障害と発達障害があることが判明しました。

その事実が秦さんのもとに届いていなかったら……西山さんは冤罪のまま終わっていたかもしれないですよね。すごいことだなと思います。
しゃちほこいざる
しゃちほこいざる
ところで、西山さんの鑑定をした精神科医は、実は私と同じ1984年に中日新聞に入社した同期の間柄で、その後、大学医学部を受験して医師に転身した元記者だったのです。
昔の仲間が取材に手を貸してくれ、弁護団と連携しながら刑務所から獄中鑑定の了解をとり、鑑定で障害を明らかにしていく、というスリリングな展開を描いています。
連携した精神科医が、まさか秦さんの同期だった元記者だったとは!その繋がりや協力が、事件を動かしていったといったのですね……!スリリングすぎます!
しゃちほこいざる
しゃちほこいざる
取材班は、供述弱者の西山さんが、取り調べの刑事に恋心を抱いたことに付け込まれ、自白を誘導され、無実の罪を着せられていったプロセスを解き明かしていきますが、それがどのような記事になったかが、本ではよく分かるようになっています。

報道が始まってから七カ月後の2017年12月、大阪高裁は再審開始を決定しました。それまで、西山さんは七回の裁判で有罪を認定されていましたが、八回目の裁判でとうとう無罪の判断を勝ち取ったのです。本には、家族や支援者、そして記者たちも目頭を熱くする、涙、涙の場面が描かれています。

七回も有罪となり、それだけでも絶望的な状況ですが、八回目で無罪を勝ち取ることができたこと、本当にたくさんの方が一生懸命動き闘った結果ですよね。

私も、著書を拝読し、熱いものがこみ上げました。

しゃちほこいざる
しゃちほこいざる
2020年3月には、再審で無罪の判決が下り、逮捕から15年9カ月ぶりに西山さんの無実が証明されました。取材班はさらに、無実の可能性を見落とした検察、裁判所に潜む構造的な問題を告発し続け、司法の改革を迫ります。

記者たちが、執念で冤罪を解き明かしていき、西山さんの冤罪が晴れることで喜びを分かち合うとともに、誰もが冤罪被害者になる危険がある捜査のやり方に憤りを感じながら記事を書いていく。本では、そんな、記者たちの喜怒哀楽、一人一人の息づかいが、取材現場のリアルなやりとりとともに、迫真の展開を追いながら、再現されています。

 

―― この本を出版したきっかけは何だったのでしょうか?

冤罪を明るみに出した中日新聞の調査報道が、2019年の「石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞(草の根民主主義部門)」、2020年の「日本医学ジャーナリスト協会賞の大賞」を相次いで受賞したことを受けて、地元の出版社「風媒社」さんから書籍化の打診がありました。

 取材班の代表だった私は、中日新聞の読者以外にも、より多くの人にこの事件を知ってほしいと考えていましたので、上司に相談し、要望を受けることにしました。

 書籍化の話とちょうど同じころ、ウェブメディアの「フォーブスジャパン」さんから連載を書いてほしい、という依頼があり、2020年4月から21年1月まで「♯供述弱者を知る」のタイトルで41回にわたり、再審無罪までの道のりを連載しました。書籍は、ウェブの連載がもとになっています。

「♯供述弱者を知る」フォーブスジャパンの連載は拝見しておりました。

誰もが、冤罪被害者になる可能性がある。
捜査のやり方や、司法の問題点など、身近な問題として考えるきっかけにもなりました。

しゃちほこいざる
しゃちほこいざる

フォーブスジャパンの連載「♯供述弱者を知る」はこちらからご覧いただけます。

 

――『冤罪をほどく 〝供述弱者〟とは誰か』の裏話をお聞かせください

新聞記事を書籍化した内容ではなく、新聞では書きにくかったり、書けなかったりした内容をたくさん盛り込んでいるので、書籍全体が「取材秘話」になっています。

取材班の記者たちと編集委員の私の会話やメールのやりとりも、可能な限りオープンにしました。

なかなか記事に至るまでのやりとりなどを拝見できる機会はないですよね!
しゃちほこいざる
しゃちほこいざる
大がかりな調査報道が新聞記事になっていくまでの途中経過が、リアルに臨場感あふれるタッチで描いてあり、読んだ人には「記事の裏付けを取るために、こんな方法で警察幹部と接触してるんだ」「記者はこんなふうに人間関係をつくって情報を集めているんだ」「記者とデスクがこんな話をしながら記事になっていくんだ」などというように、一つ一つの展開を、まるで回転ずしのお寿司が流れていく様子を見るかのように、楽しんでもらえるのではないでしょうか。
調査報道の裏側というか、いろいろなご経験をされてきた秦さんにしか書けない内容、ハラハラドキドキしながら楽しんで拝読いたしました。

貴重なご体験を書籍化してくださって、本当にありがとうございます!

しゃちほこいざる
しゃちほこいざる

 

誰でも”冤罪被害者”になる可能性がある

―― これから書いていきたい本はどのようなものでしょうか

冤罪の問題は必須になると思います。数多くの冤罪事件を今も取材し続けていますが、本当に恐ろしい問題です。他人事だと思っている人が多いと思いますが、ちょっとしたことで痴漢や強盗、窃盗の犯人に間違われてしまうことは、ニュースでも頻繁に出てきます。誰にとっても「明日は我が身」の深刻な問題です。

 冤罪を生み出すメカニズムが日本の警察、検察、裁判所に根強くあります。「冤罪をほどく」にも書いた通りですが、まだまだ、伝え続ける必要を感じています。何としてもなくすようにしないといけません。

 逮捕されたから悪い人だ、と頭ごなしに決めつけるのではなく、冤罪を訴えている人たちの声に、真摯に耳を傾けることが大切だと思います。

明日は我が身!この著書を拝読し、改めてそのことを強く実感いたしました。
しゃちほこいざる
しゃちほこいざる

――秦さん、ありがとうございました!
日頃、調査報道の裏側を知る機会はなかなかないですが、臨場感あふれる現場の状況などを知ることができ、とても楽しく勉強になりました。「誰でも冤罪被害者になる可能性がある」供述弱者もそうですが、一体なにが起きているのかということを知ろうとするのはとても大事なのだと感じました。
これからも秦さんのご活躍、応援するとともに、たくさん勉強させていただきます!

秦 融さんの公式情報はこちら
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